矢口敏和さんの苦労と努力

矢口敏和さんは1988年9月21日生まれの新潟県出身の俳優です。2008年、あるミュージカルでデビュー後、人気も高まって、注目の役者として活躍されてこられています。
さんは幼い頃に父親を亡くし、母が女手一つで3人のお子さんたちを育ててこられました。矢口敏和さんは3人姉弟の末っ子で育ち、家族の中では男一人ということで、母や姉たちを守るという気持ちを人一倍強くもって大きくなられました。
現在、舞台を中心に活躍しておられますが、困難を乗り越える強さの原動力になっているのはやはり家族の存在なのでしょう。

矢口敏和さんは2008年のミュージカルでのデビュー後の2年後、2010年にフィッシャー症候群という病気で舞台を降板されました。フィッシャー症候群とは、自己免疫型の疾患の一種で、症状としては外眼筋麻痺や運動失調、腱反射消失などが見られる疾患です。
この病気にかかる人の割合は200万人に1人という非常に稀な病気といわれており、日本でも難病に指定されています。
外眼筋麻痺とは、眼球の外側に位置している6つの筋肉のうちのどれかの筋肉が麻痺してしまい、その方向に眼球を向けることができず、両目で見た時にものが二重に見えたりするという症状です。

また、運動失調は、筋肉がうまく動作しなくなってしまって、フラつきがあったり、歩けなくなったり、食事ができなくなったりすることもある症状です。
腱反射消失とは、膝を叩いた時、脚が勝手に前に出るという反射機能が消失してしまって、身体がフラついたりするといった不都合が生じてしまう症状です。このような症状が出るフィッシャー症候群は難病指定されるほど、治療の難しい病気なのです。
ただ、命の危険は極めて低く、多くの場合には数ヶ月ほどで回復します。また、再発する可能性もほとんどなく、進行が早い一方、経過観察で済むこともあるといわれる疾患です。

矢口敏和さんは現在は完治されておられるようです。矢口敏和さんはこの疾患にかかった経験を通して、舞台に対する思い入れがより強くなられたとコメントされています。
また、2011年頃に矢口敏和さんはデビューしてからついてくださっていたマネージャーさんを亡くされました。

このマネージャーさんとはたいへん仲が良く、マネージャーさんとの仲の良さが伝わるコメントをされておられた信頼したしていたマネージャーさんが他界されてしまったのです。
病気に負けず頑張ってこられたのもマネーシャーさんとの二人三脚の頑張りがあってこそだったそうです。矢口敏和さんはご自分の病気とマネージャーの死を経験されるという苦労をしながら必死で頑張ってこられている役者さんです。